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失う
意味というものは、なにかそれが自分にとっては非常に重要と感じる
心の動きの1つの形態で、時々、僕らはそのようにそれが他の何かと
完全に別であると感じ、そこに注意を注ぎ、それが何故特別なのかを
見極めようとするときに生じる価値観だと思う。

で、結果としてそれが1つの幻想だとやがて知ることになるようなとき、
夢から醒めて、なんていう言い方をしながら、それ自体がとても美しく
詩的に心の中の泉に雨粒が波紋を描くような静かな音を聞く。

去ってゆくということ。やがてそれが特別でなくなってゆくことなどは
殆ど僕らにとって絶望にも似ていて、物語というものはそこから生まれ
るように思う。
物語。われわれはそれぞれの物語を生きていて、それは簡単にいえば
混沌や魂の揺れを防ごうとする心そのものの防衛機能であり、
何故そのように物事は進んでしまったのかについて、何か1つの理由づけ
を求めなければ、われわれは自分を喪失してしまうことになる。

僕らが生きている物語は深海のごとく深い心に降り積もった、そうした
いくつかの意味、あるいは意味の喪失が地底から浮き上がって束の間
はじけようとする「あぶく」のそのまた小さな残骸にすぎない。

雨ふりを眺めていると、僕にとって特別だったもの、かつて、他のものと
まるで違うと信じようとしていた何かについて思いがつらつらと溢れてくる。

そしてそのような幻想はある種の偶然性の中で、虹を眺める詩的な心の
ありようのように、二度とは帰ってこないのだと知る。
世界の深淵。僕はひっそりと静かな気持ちの中でそのようなことについて
一人ずっと考えてみる。
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# by waterkey | 2008-06-22 15:19 | 文章



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