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久しぶりに中判カメラで撮った写真を(これまた久しぶりに)現像に出して、後は結果待ちです。

フィルムで撮る写真は、こういう時期が実は一番心楽しいなぁと想う。

会社の近くのラボ(堀内カラー)はポジのブローニーでも午前中に渡せば、午後には
現像があがってくるけれど、もちろん、その日になんか取りに行かない。

雨が降ったりして、仕事も気が乗らなくて、でもクライアントのところへ行く気にもならない時に
ビニール傘をさして、フィルムを撮りに行く。(というか散歩です)
それで無料のコーヒーをご馳走になりながら、出来上がったフィルムをライトテーブルに乗っけて、鑑賞する。

結構上手く撮れてるじゃないか・・・・。
この花、実物より綺麗に写ってるな・・・・。

こういうのはいい。こういう時間は良い。

フィルムは現像したことなんて暫く忘れられて、熟成する。
写真も撮りにいった日から少し遠ざかって、意味を持つ。
まぁ、年寄りの御託をみたいなものかもしれないが、僕にとってはそうだ。

中二階にあるお店の窓から雨の通りを見下ろし、湯気を立てるコーヒーをすすり、
今も電話が僕を呼び続けているだろう会社について想ったりする。

仕事辞めたいな、と思いながら、僕の撮った写真をしかめっ面で眺める。

僕は大して写真の用語も知らないし、専門的で系統だてた勉強もしていないから、
とてもじゃないけど、芸術がどうのなんて想わないわけだけれど、写真って何かいいな。

ある町の、ある一刻の、僕が瞬間佇んだ、僕の目に焼きついた風景がそこにあるから。
どんな目線でモノを見たかとか、何を考えていたかとか、撮った人にだけ分かる意味みたい
なものを、撮った人としての解釈で勝手に理解するとき、実際の風景を超えた写真の中の
風景みたいなものに、ふいに出くわす。

雨の日に、ざぁざぁ降りの東京の街を遠く離れて、そうやって悦に入る時間。
それは浪人時代の図書館の古い本の香りに包まれた時なんかに、とても似ている。

それは素敵な感覚だ。

僕が写真を撮っていて感じる至福の時は大体そういうものだ。

桜が全部散った後に、あの風景を納めた僕のフィルムを雨に日に撮りに行こうと想った。
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by waterkey | 2007-04-09 21:52 | 文章



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