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森の中の小さな広場
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その友達は、(僕の知る限り)焚き火が唯一の趣味であった。
海岸線を一緒にあるけば、流木を拾い集めて、効率よく燃える木を見抜くことが出来たし、
山に登れば、いつの間にか皆のいる場所から離れ、何処かから倒木を見つけ出し、やはり間違いのない枝を選り抜いて持ってきた。
友人はそれらの流木や倒木の大中小の枝を織り交ぜて、ごく短期間で焚き火を作り出した。
僕らは飽きることなく、焚き火を眺め、最後の煙が細く高く立ち上るのを目にした。

友人との最後の焚き火のことを僕は10年経った今でも良く覚えている。
それは、雨続きの数日の後、不思議なくらい透き通った秋晴れの日だった。
山あいの紅葉は目に痛いくらいに赤く、空は奇妙なほど高くにあった。
僕らは中央線に乗って、中級者向けの山に登った。
友人は、コースを熟知していた。登山用の山道から離れてゆく友人を大丈夫かな、と
思いながら僕はその後を追った。
でも、その後姿は何だか確信に満ちていたし、友人はどのような場合でも“誰かに迷惑をかける”タイプではなかった。
ちゃんと導くべき場所があり、そこに行くことも戻ってくることも100%問題はないんだ、とでも言うように。
結構、長い距離を歩いたと思う。その間、不思議に僕らは会話をしなかった。
大型の円盤が舞い降りたような、そこだけ刳り貫かれたような小さな広場があった。
友人はそこで、背中に背負ったリュックを下ろし、午後の最後の焚き火を作り出した。
そして、炎は、しみじみと僕の体を温め、心の芯にまで火をほのぼのと点してくれた。

真っ暗な夜、深い冬の夜、その温もりは今でも僕の心の中に微かに残っていて、
闇が深くなるほど、風が凍えるほどに僕を強く灯す。
残念なことに僕はその山の名前も、最寄の駅も忘れてしまった。
友人とは長いこと逢っていないし、山の名前が分かったところで僕をあの広場に導くことが
出来る人は他にいるまい。
僕は暗闇にそっと灯る赤い炎に手を翳しながら、そんな場所のことを今でもたまに考える。
あれは一体何処だったのだろう。
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by waterkey | 2006-08-18 00:00 | SNAP



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