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しるし
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信貴山の山頂の本堂は素晴らしかった。
長い山道を歩いてきた甲斐があった。そこからは、沢山の風景を見下ろすことが出来る。
僕はいつか、もう一度ここに来ることを予感する。
どうしてか、分からないけれど。でも、それは確かな予感である。
僕はそこでも何枚かの写真を撮り、鐘を鳴らして、祈りごとをする。
行く何かと、来たる何かの影と僕はここでも、やはり擦れ違う。
空気の中の断層に、僕は僕の思いを刻み付けておく。
そして、暫く、そこにいたいと思う。

しかし、時間はどんどん過ぎ去っていく。
時計を見る。そして、僕は確認する。
僕はもう一度、そこから見える眺望を確認しておく。そして、下山することを決める。
来た道を、一歩づつ戻っていく。
僕はくだりの道で何枚か、やはり写真を撮っておく。
あの犬の姿を探したが、彼はもうそこには気配すら残していない。
でも、僕らはここでついさっき、擦れ違ったのだ。じっと、お互いの顔を見つめあったのだ。
それは間違いなく、本当のことだ。僕は確認する。

旅の最後の訪問先は、この山の温泉になる。
温泉は橋を渡ったホテルの中にある。僕らはまずロビーの喫茶ルームで喉を潤す。
そして、暫く目を閉じて、脳裏を掠める様々な風景を今度は心の中で見ておく。
その窓からは僕が歩いていた山道が見える。
僕は、その風景をじっと見詰める。新緑がやがて紅葉へと移ろっていく幻想的な風景を僕は想像してみる。鹿が、その紅葉の森を戯れ、細い足で撥ねる様を想像する。
僕はたぶん、ここにまたやってくる。僕にはそれが分かる。

僕は旅の終わりの風景を見つめている。
そこには何か、しるしのようなものがなければならない。
それを探すために僕はわざわざ、ここまでやってきたのだ。
僕は仮想の手を伸ばす。そして仮想の真昼の月を、青空にぽっかりと浮かんだ白い月を、その掌に乗せる。それは、ちゃんとそこにあるのだ、と僕は確信する。
目に見えない風について考え、耳に届かない様々な、せせらぎを熱心に聴こうとする。

深い森の中に、ぽっかりと小さな広場がある。僕はその場所にベンチを見つける。
ベンチの上の落ち葉を手で払い、僕はそこに腰掛ける。
その場所で、僕は僕の会いたい人と会うことが出来る。話をしたい誰かと、ふいに道で出くわすことが出来る。僕はそれを素敵だと思う。
目を閉じたまま、僕はいつまでもそんな風景を黙って見ている。
何処かにあるはずの、しるしを暗闇の中に見つけ出すことを、祈りながら。
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by waterkey | 2006-08-05 23:47 | 旅行記



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