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手紙のようなもの
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境内の野良犬(それは、もしかしたらここで飼われている犬なのかもしれない。でも、見た目は野犬にしか見えない)を写真に収めようとするが、カメラを構えると彼は背を向けて、逃げようとする。
それで、それならいいや、と諦めて歩き出そうとすると近寄ってきて、じぃぃぃっと僕を見つめる。
再度カメラを構える。また逃げる。
良く分からない犬である。あるいはここではカメラに写ると魂が抜けてしまうというような信仰が土地の文化として根強く息づいているのかもしれない。
僕は写真を撮るのを諦めた証として、カメラをそっと地面に置き、犬へ手を伸ばす。
犬はそれが気に入ったのか、僕に歩み寄ってくる。
僕らは一メートルくらいの感覚をあけて、お互いの目をじっと覗き込み合う。
そんな風に何かと長い間、目を合わせることは実に久しぶりのことのように感じる。

犬は何かの“記号”のように、僕の目を切実に覗き込んでくる。
僕も目をそらさず、じっと見返す。
その目の中には、透き通った黒い液体がゆっくりと流れている。
僕らはじぃぃぃぃいぃぃっと何も言わずに、見つめあい続ける。

やがて、犬は僕から目を逸らせて、山の茂みの中に消えていってしまう。
一度も振り返らず。僕はカメラを手にとって、また歩き始める。
僕は旅行を終えた後でも、あの切実な訴えるような犬の目のことは良く覚えていて、時々ふと思い出す。この前、あのように誰かと長い間、言葉なく見つめ合ったのはいつのことだっただろう。と僕は思う。
心の中の、シン、とした場所にそれは何かを伝えようとして、暫く余韻を残していく。

僕は、清水寺で、東京に戻ったら誰かのために何かをしたいと感じた事をふと、また思い出す。
旅先で撮った写真の一枚を絵葉書にして、僕は遠い街に住む友人へ向けて手紙を書こうと思う。僕は長い階段をのぼりながら、その手紙の最初の一行について考えてみる。

僕らはたぶん、ひどく不器用な形でしかお互いの本音を伝え合うことしか出来ない。
記号みたいに、僕を見つめてきた犬から僕はそのような思いを連想することになる。

最初の一行。最初の一言。僕はそれを誤ることなく書かなければならない責任を感じる。
上手く書くことが出来るだろうか?
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by waterkey | 2006-08-04 16:02 | 旅行記



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