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連綿と受け継がれていくもの
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僕らは結果として、― 敢えてこういう表現を用いることをお許し頂きたい ― 凡庸な京都ウオーカーとして、まず最初に清水寺に向かうことになる。
京都と言えば、という連想ゲームをしたら比較的早い段階で誰もが口にするであろう地理的名所。そう、清水寺。
僕はこのお寺について殆ど何も期待していなかった。
それは長い歴史に渡って使い古されてきた決め台詞のように、膨大な観光客の足によって消耗し、あるいは修復という名の現代建築学によって、そこにあった雰囲気のようなものは既に完全に解体していることだろう、と僕は予言した。

でも、結論から言えば、清水寺はそれほど悪くなかった。
その佇まいに対し、雄弁で論理的なノ-を唱えられるほど、僕は仏閣に明るいわけではない。
というより、(その聊か、間延びしてはいる、お茶の間的な見せ物)は、ある意味で鴨川の、緩慢な流れと同じような意味あいで僕を感動させた。

僕を感動せしめたものは、このような感情だった。
一体、何人の観光客がここを訪れ、そして彼らは何を目的としていたのだろうか?
そうした好奇心のような感情は何故か次第に、僕に温かみを与えてくれた。
人は何かをここに求めてやってきて(求めたものが得られようが得られまいが)静かに音もなく、下山して元の生活に戻っていったのだ、と僕は人知れず感じた。
あるいは僕がそうしたように、彼らにも彼らの目的に応じて、ここを訪れたのだ、と。

そういう目で、風景を見ていると、俺もずいぶん遥か遠くまで来たものだ、という少し大仰な気恥ずかしい感慨のようなものにふいに包まれる。しみじみと心打たれる。
僕はかの有名な清水の舞台に立ち、そこからの眺望を、不思議なものだな、と思いながら暫くぼんやりと眺め続ける。
ずっと昔、僕はここを訪れたことがあった。そのとき、僕はまだ高校生だったのだ。
そうした事実が、僕を実際の年齢以上に心的にふいに老け込ませてゆくことを感じる。

観光地に来るには聊か大袈裟な登山服のようなものに身を包んだ老齢の夫妻を見るともなく見る。奥さんに写真を撮るように指示する初老の(おそらく会社を退職して数年経っているように見える)男が、奥さんのカメラの使い方に顔を顰めながら文句を言っている。
彼らもまた、旅行者なのだ、と僕は思う。
そして、彼らは後、何度そのように“やかましく”旅行をするだろうか、と感じる。
彼らの後姿はその非日常的な浮ついた喧騒感のようなものとは裏腹に何処か疲弊を感じさせる。歳月が彼らから何物かを奪い、その代わりとして老いを与えている。
その姿は僕の知っている誰かに似ている。

時々、僕はそうした“連帯感”のようなものをふいに感じることがある。
遠い異国の地でも、はじめて会うはずの誰かが誰かに似ていると感じることがある。
それは不思議なデジャブの感覚だ。
連綿と受け継がれてゆく僕らの遺伝子について、僕は胸中に突然、押し寄せた連帯感を味わいながら考えている。それは何かを伝えようとし、繋がり合うことを求め、交じり合い、何度も触れ合おうとするタンジブルな、脈々と流れ続けようとする一つの雄大な意志のようなものである。
それは生暖かい血として僕らの体内を循環し、ある一定の時が過ぎるまで僕らを生きながらえさせている。
そういう何か大きな感覚を僕は感じることになる。
初老の男に頼まれ、彼らのカメラで二人の老齢に近づいた男と女を写真に収めることになる。
そっちは逆光です、と僕は何度も男に言ったが男は頑なに太陽に背を向け、そこから微動だにしようとしない。
僕はカメラのフラッシュボタンを押し、なんとか二人の旅の一枚を収めようとする。
写真を撮った後で、二言三言、言葉を交わす。
彼はやはり退職した元勤め人で、こうして各地を思うがままに巡り歩いているということだ。
『京都の暑さには気をつけなさい』と男は僕に言う。
僕は黙って頷く。そして、我々は日常的に当然の行為として、手を振って別れる。
おそらく、僕らは二度と会うことのない関係性を今まさに終えようとしている。
 

友人は一生懸命、坂道に咲いた紫陽花の花を写真に収め続けている。
僕は友人に大分、遅れを取りながら、そうした感慨の中で今度は自分のカメラで友人の後姿を写真に収めようとする。大袈裟な感動をなるべく排して、記録的にシャッターを切る。

東京に戻ったら、誰かのために何かをしたいな、と僕はふと思う。

でも、それが“誰”であって、僕がすべきことが“何”であるかについては具体的には分からない。それでも、とにかく、そのような気持ちを僕は確かに感じる。
僕は大切なものを見落としていないだろうか?と僕は考えてみる。
僕の下した判断には重大な過ちが潜んでいないだろうか、と僕は思う。
ずいぶん長い間、僕は状況に対してイエスもノーも唱えることが出来ずにいる。
そして、当たり前のように時間が流れてゆく。
額から零れ落ちる汗を拭いながら僕は一つの可能性について考えている。
状況に対して、僕はどんどん寡黙になってゆく。
それは誰かに教えられた“姿勢”ではない。
そう、人は年を取れば取るほど、黙ることを覚える。安易なエクスキューズの無意味さを知り、個人に与えられた運の限りを知り、日常的に寡黙であることを覚えてゆく。

誰に向かって、僕らはイエス、ノーを叫ぶべきなのだろうか、と僕は不思議に静けさを増してゆく心の中でひたすら考え続ける。
清水寺で僕が考えていたのは、大体においてそういうことであった。
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by waterkey | 2006-07-24 01:26 | 旅行記



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