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一つの緩慢な流れとしての風景
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京都への旅の後、フィルムを現像して感じたことは、写真で見る風景のどれもが一貫して涼しげに見えるということだった。
どの景色も(写真の出来栄えは別として)一様に、ひんやりとした空気感を湛えているのだ。
これは不思議なことだった。
なぜなら、僕が歩いた道のりは半端なく暑かったからだ。
風は吹いていた。でも、それは生ぬるい空気を掻き混ぜているに過ぎなかった。
サウナ風呂に入っているような、もわっとした重たい暑さ、それが今回の旅行を振り返ったとき、まず最初に思い浮かんでくる。
アスファルトに零れ落ち続ける滝のような汗、というものが京都の記憶に根付いている。
でも、こうして東京に戻ってきて机の上で、その時に歩いた道のりをいざ写真で見直してみると何かがぴたっと抜け落ちていることに気づく。
そこには一つの暴力とでも呼ぶべき、圧倒的な湿度が何処にも映し出されていないということに。まるで流れ落ちた汗が嘘のように、それは静かに写真から消しだされているのだ。
“なぜ、写真にあれが写っていないのか”と考えながら僕は今この文章を書いている。

結論から言えば、この圧倒的な暑さこそが今回の旅行の敵であり、災難であったのだ。
そして、その災難を通じて、僕は京都(あるいは滋賀、あるいは奈良)という場所にフィジカルに触れ、またフィジカルな感触を通して、心的に何かを感じてきたにも関わらず。
これは少しばかり、大げさな表現になるかもしれないが写真というものは(あるいは記録というものは)何処か不完全であり、全てを語りはしないんだ、ということを僕は学んだ。

京都に行って、僕がまず最初に向かったのは朝のマクドナルドだった。というより、他に選択肢がなかったのだ。僕らを乗せた夜行バスは朝の6時には京都に到着してしまったし、そのような時間に辿りついた旅行者を迎え入れてくれるのは結果として、マクドナルド(高度資本主義の象徴)しかなかったというわけだ。
僕らは狭いバスに疲労していたし、何処かくつろげる場所があれば特に文句はなかった。
しかし、何故だか分からないが、店の中はやたら込み合っていたので、僕らは黙ってレジで品物を買うと、また歩きはじめた。
そして歩きながら、無感動にそれを黙って食べた。

僕は京都駅は仕事で何度か通過したことがあったし、何度か仕事で京都駅付近に降り立ったこともあったけれど、旅行者として、彼の地を自分の足で歩き回るのは本当に久しぶりだったし、友人については殆ど初めてと言う事だった。
僕らは当てもなく、京都駅付近を散策し、結局僕の提案で夕方の16時にはチェックインすることになる宿までタクシーで向かうことになった。もちろん、中に入って休憩することが出来るわけではなかったが、僕らが求めたのは、“とっかかり”のようなものだった。
とっかかりさえあれば、僕らは何かを始めることが出来るだろう、という予感が漠然とあった。
京都駅から鴨川を超えたポイントに宿はあった。距離にして京都から二キロくらいのロケーションである。
旅行前、インターネットを通して入手した宿までの地図は京都駅から徒歩2,3分といった雰囲気で描かれていたが、それは宿側の事情のようなもので、かなり省略されたタイプのものだったのだろう。それは旅行者を正確に宿まで導く種類の地図ではなく、一つでも多くの予約を獲得するための、いささか捏造された“意図的”な地図だったのだと思う。

旅館というよりは、むしろ鄙びた民宿のような佇まいである。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
僕らはとても疲れていたし、本音を言えばそのまま宿の扉を開いて、予約している部屋にクーラーを強めに利かせて大の字になって眠ることを求めていた。
しかしチェックインまではかなり時間がある。
僕らはどちらからとも言うことなく、タクシーで来た道のりを遡って、鴨川の方角に歩き始めた。
鴨川付近にはレンタカー屋があって、僕らはそれに乗って旅行することを計画していた。

鴨川に掛かる橋を思い出すとき、僕はじんわりとした緩慢なタイプの感動を思い出す。
そこにあった言葉にはならない意識レベルの“目印”のようなものを思い出すからだ。
その“目印”は僕を励まし、慰撫し、背中を押してくれる種類のものだ。
そうしたキーポイントとでも呼ぶべき、何かが鴨川の、いささか水嵩の足りない、流れの停滞したようにも見える情景の中に潜んでいた。
僕はそれが何であるかを知らない。僕は一瞬でそこを通り過ぎてゆく、ただの旅行者に過ぎない。そこで暮らさなければ見えてこないものがあるように、暫定的な立場で-いわば異物として何にも依存しない心境でモノを見ることの出来る-旅行者だからこそ見えるものもある。色々だ。それは、記憶の中に聳え立つ意識のモニュメントである。そして、そのようなモニュメントの連続性こそが僕らの旅を旅として、成立させ、旅行者は何処かへと導かれてゆく。

しかし、旅の間に僕はもっと大きなキーポイントに出会うことになる。
そして、それは大げさに言えば、奇跡のような“再会”であったのだ。

緩慢な流れ、それは既に流れることを放棄したようにも見える。
僕に言えることは、鴨川がかつて人々の生活に欠かせなかったはずの一つの大きな存在から、見慣れた-そして見慣れることで、その存在を見えなくしてしまうー風景として、その有効性を既に失い、今では横たわって静かにそこで死に続ける大木のように見えたということだ。
そして、それはある意味では、僕に何かを教えてくれる。
僕は黙って、それを感じ取ろうとする。

死、僕らはその多くを知らない。僕らは他愛ないお喋りの中で、それを見失い続けようとする。
いつか、それが大きな口をあけて僕らをすっぽりと飲み込んでしまうまでの短い間。
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by waterkey | 2006-07-23 21:06 | 旅行記



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